2013年11月19日

平安京史跡散策

794年。平安京に遷都され、京の都が誕生しました。
その中心が「平安京大極殿」
大極殿とは天皇が鎮座する高御座が据えられ、即位の礼などの儀式が行われたところです。
つまり天皇の居所です手(パー)


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千本丸太町交差点北西に入ったトコ、内野児童公園にある石碑。

京都市内、現在の南北のメイン通りと言えば烏丸通りや堀川通り。
当時はやや西側に位置していたことが理解できます。
天神川の氾濫などで時代と共に東側に移行し今日に至ります。




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 「平安宮朝堂院跡」



千本丸太町西入、りそな銀行千本支店前。

朝堂院とは大極殿、朝堂、朝集殿から成っています。
天皇が政治を司る中心の建物です。
この地は大極殿の西側または西側の回廊付近と考えられています。




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 「小安殿跡」



千本通りの歩道縁石にちょこんと設置されたプレート石碑。
小安殿とは天皇が大極殿へわたる前の休憩所にあたります。




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 「豊楽院」「豊楽殿跡」



丸太町通りを西へ。南に一本、並行している通りに整備された跡地。
豊楽院とは外国の要人を迎える、今で言う迎賓館の役目を果たした建物です。




一方で東側をぶらりと散策すれば…


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 「平安宮内裏内郭回廊跡」




千本から下立売通りを東側へ歩けば、再び整備された跡地。

天皇の居住空間である内裏。
その内裏を取り囲んでいた西側の回廊跡が発掘された現場です。




そして、


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 「平安京内裏承明門跡」



内裏へ通じる正門、承明門。
発掘調査では壇跡や雨落ち溝、地鎮遺構が発見されました。





さらに北へ一本、出水通りとの間。
住宅地の前に…



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 「平安宮内裏弘徽殿跡」



弘徽殿とは天皇の后が住んでいた建物。

石碑には小さい文字で“この北”と表示。
まあまあ丁寧と言えば丁寧。




と、まぁ〜平安京散策。


掘れば何か出てくる地。
回れば何か記される地。


まだまだ深そう。
まだまだ眠っていそうです。



posted by ひとし at 23:46| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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