京都盆地の北に小さな盆地を形成しています。
現在では地下鉄や叡山電鉄が通り、国際会館や学校、住宅地が広がっています。
一方、通りを入れば田畑が広がる長閑な風景も残っています。
その山沿いには溜め池が造成され、農業に役立たれています。
溜め池の一つを散策してみましょう


ん?つり池???
疑問に感じつつ、住宅街を抜ければ堤防が見え、溜め池がすぐそばにあることを知らせてくれます。
そして、

通称『はぶ池』

奥行き100bほど、対岸までは50bほどの立派な溜め池です。

溜め池の畔に石碑を発見!!!

「岩倉具視公………」
おーーいっ!石碑よーーー!最後まで見せて!!!
フェンスが張られているため現地で確認できず。
調べれば、幕末明治に活躍した岩倉具視公が幕末に幽棲したのが岩倉の地。
その時、地元の民によって危害から逃れることができたそうです。
その恩返しで明治時代に岩倉具視が地元へ金銭を与え造られたのがはぶ池などの溜め池であったそうです。
よって石碑には
「岩倉具視公御加恩」
と、記されているようです

溜め池沿いを散策すれば…

堤防が現れ、さらに溜め池がもう一つ出現!

地図で確認すれば、コチラが“つり池”だそうな……
って何もナシ。。。
よーく溜め池を確認すれば、横断するかのように一直線に並べられた杭が確認できます

恐らくこれがつり池の跡なのでしょう。
さらに溜め池は山の奥へあと2つほどあるそうです。
また、岩倉の上流部にはあと3つほど溜め池があり、農業の生命線を担っています。
現在の溜め池は木々に囲まれ静かに佇む水面が穏やかな状況を伝えています

“ただ”の溜め池ですが、石碑が伝える歴史に支えられ、現在の発展があると思い知らされるはぶ池です
