2013年06月29日

JR奈良線改良工事で偶然発見された古墳 〜椿井大塚山古墳

京都・木津川市山城町。
旧山城町を南北に貫くJR奈良線。


6.29 C.jpg


1953年(昭和28年)、当時の国鉄が奈良線拡幅改良工事で石室を偶然、発見されたのが…



6.29 B.jpg



 『椿井大塚山古墳』



破壊が進み全体像は想像域を脱しない状態。


製造は古墳時代初期(3世紀後半)の前方後円墳手(パー)


古墳の規模は…

全長、約175b
後円部直径、約110b
前方部長さ、約80b
前方部墳端幅、約76b
後円部高さ、約20b
前方部高さ、約10b


と推定されています手(パー)



椿井大塚山古墳は自然の地形を巧みに利用して造られた前方後円墳です。

実際に体験出来ることが可能なので見学……
いや!登山してきました晴れ




JR奈良線で分断されているので後円部をくつ



6.29 A.jpg



線路脇の急階段を上ればすぐ!



6.29 D.jpg

6.29 E.jpg



自然の地形を利用しているのが一目瞭然。


ただ、3世紀後半の製造から今日に至るまで、おぼろげながらも後円部の姿を留めていることに感激しますわーい(嬉しい顔)



6.29 F.jpg


鉄道改良工事の際に偶然、竪穴式石室が発見されました。


副葬品として重要な発見が!


卑弥呼の鏡とされる三角縁神獣鏡が32面発掘!
さらに中国鏡が4面の36面発掘されました。

ただ、発見された工事の際に破壊や盗難があり、正式な調査があればさらに数が多かったと推察されています。
他にも夥しい数の副葬品が発見されました。


この発見は卑弥呼畿内説の有力な物証として奈良・箸墓古墳を筆頭とする時代に該当し、日本史上注目を浴びる古墳です。


にも関わらず訪れる人は小生のみでひっそりとしていますわーい(嬉しい顔)





さて、分断された前方部は…後円部から眺めると………



6.29 G.jpg



めっちゃ住宅地やん!!!



そうなんです手(パー)

調べれば、この古墳部に百年以上住まれているとか。

現在ではボランティアで古墳を後世に伝えるべくボランティアで掃除などの管理を行っておられるそうです。


確かに後円部は草が刈られ、管理状態は非常に良く、見学しやすい状態グッド(上向き矢印)
頭が下がる想いです。



6.29 H.jpg



卑弥呼は畿内か九州か。


この論争に決着次第で大きく存在意義が変わるかもしれない『椿井大塚山古墳』




いずれにせよ、今日までの調査では限りなく日本史上重要な古墳であることは間違いありません。

維持管理&伝えることこそが、我々の役目であると汗をダラダラと掻きながら登山した『椿井大塚山古墳』でした晴れ


posted by ひとし at 23:15| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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