
東海道五十三次、江戸から52番目の宿場町「草津宿」
同じ東京・日本橋を起点とする中山道が合流するトコがココなんです

気付けばマンホールにも


一番の上の写真では…
・左手が中山道・米原方面へ。
・右手が東海道・鈴鹿峠方面へ。
・手前が東海道と中山道が合流し京都方面へ。
江戸時代で言えば、草津宿追分が日本国中の中で江戸以外において一番の“追分”と言っていいでしょう



“道標”と“高札場”も古の風景を今に伝えています。
まぁ〜だけど、昔の人は歩いて全国各地を往来していたと想像するだけで“偉大である”と感じざる得ません。

コチラは追分から中山道方面。
天井川である旧草津川を抜けるトンネルが整備されたのは1886年(明治19年)。
と、言えば昔は当然天井川を越えて追分に至ったことでしょう。
さて

往来が激しかった江戸時代には無かったモノを発見!


“時の旅人”
追分南東側・市民センター前に飾られている不思議な彫刻

女性がモデルかな?
ステンレスの棒を引っ張り合ってます。
数々の人々が行き交った様子を時間を超えて表現されたでしょうか

作品は1998年に完成。
時の旅人の一員もちょいと惹き付けられる一時でした

ラベル:滋賀県草津市