「地震予知」
を巡って、地震学を専門とする等の科学者と役人が「過失致死」容疑でイタリアで発生した地震被害者によって告訴されました。
9月25日、検察側は科学者を含む被告7人に禁錮4年を求刑しました。
科学者は裁かれるべきか?
科学者は裁かれないべきか?
まず、地震の発生について。
2009年4月6日午前3時32分。
イタリア中部の7万人都市・ラクイラでマグニチュード6.3の大地震が発生しました。
死者309人、6万人以上が被災、2万棟を超える建物が倒壊しました。
この地域ではユーラシアプレートとアフリカプレートが衝突しており、日本と同様に地震が多い地域として知られていました。
大地震が発生する前、2009年1月から4月に掛けてラクイラ付近で400回を超える群発地震が発生していました。
この群発地震が発生する中、市民はいつ大きな地震に襲われるのか?または大丈夫なのか?不安を覚えていました。
続いて、行政の動き。
市は群発地震に対し3月31日、役人と科学者で構成された「災害対策委員会」を開催し、事実上の「安全宣言」を発表しました。
大学の教授や地震学の専門家などイタリアを代表する科学者が出席。
一方で委員会を開催した役人は、上司の指示により安全宣言に誘導するよう電話で求められていました。
それは、市内のパニックや風評被害を抑えるため。
このやり取りは電話の記録から暴かれました。
事実上の安全宣言を発表した夜のイタリア全国ニュースではトップ項目で紹介。
その他も大々的に取り上げ、市民は科学者の権威と役所の知らせに落ち着きを取り戻したと取材や震災後のインタビューで応えています。
しかしながら、イタリア国立研究所の技師は震災発生数週間前に大地震が発生する恐れがあると予告。
過去の研究に基づいたラドンガスの放射に関して予告。
市はこの技師に扇動したとして罰則を与えていました。
市は一貫して市民のパニックを抑える方針を採っていました。
事実上の安全宣言が出された6日後。
4月6日午前3時32分。
ラクイラを大きな地震が襲い、甚大な被害が発生。
教会や重要建造物、学生が主に住んでいた建物などが崩壊。
市民は事実上の「安全宣言」が出されなかったら危険は回避されたと刑事告発に踏み切りました。
検察当局は安全宣言が出されたこと被害が拡大したとして過失致死で災害対策委員会メンバーを捜査、告発。
委員会側、特に科学者は…
「未来を予見し、罪に問われれば科学者は何も発言できない。」
「地震予知は極めて困難。」
などと反発。
また…
「もう地震を予知するのはしない。」
「科学者であることを後悔している。」
などとも発言。
そして9月25日。
検察当局は委員会委員全員に禁錮4年を求刑。
近々、判決が下される予定です。
委員会が安全宣言に至るまでの議論や地震予知情報の伝達方法など課題が幾つも見られますが、
科学者は裁かれるべきか?
科学者は裁かれないべきか?
東日本大震災で考えてみましょう。
大震災の前、3月9日。
三陸沖でマグニチュード7.3。最大震度5弱が発生。
当時、河北新報は大地震に繋がる恐れはないとインタビューなどを基に報道。
東京電力福島第一原発事故。
地震・津波対策や初動対応の遅れやまずさが重なり、結果的に人災とも言える原発事故が発生しました。
これらいずれも科学者や専門家に対して罪には問われていません。
ドキュメンタリー番組では検証課程に携わった専門家が取材を受け、自らの過ちを認める発言があったり、否定する発言など多種多様。
仮に、日本国で科学者を訴えることは妥当なのでしょうか?
地震学専門家や原子力専門家などなど…
未知を求める科学者。
ただ、科学者は自らの発言に寄与する影響の大きさ。
どのように限りなく適切である、その成果を伝えるべきか。
妄想科学者が出現した事も起因して改めて考える時だと想います。