2011年05月31日

朽木渓谷

高島市朽木地区から安曇川地区へ抜ける滋賀県道23号線。

安曇川沿いを走る快適なドライブコース。

その途中に興味を引く看板が!!!



 『朽木渓谷』



ん?

こんなんあったかな…


とりあえず『朽木渓谷』と記された方向へ快適なバイパスから旧道を走ります。


増水した安曇川は音を立て、勢い良く流れています。

5.31 A.jpg


5.31 B.jpg


山に深く囲まれ、水の力で切り開いた谷は“まあまあ”美しい渓谷を作り出しています。


約3qの朽木渓谷はS字を描くように続きます。


さらに岩や淵、瀬には名が付けられています。


例えば…


5.31 C.jpg

『ウシロハゲ』


瀬の背面の崖には植物が生えにくく、岩肌が見えることから名付けられたそうです。




5.31 D.jpg

左奥部分の淵を『左巻』


広い淵はその昔、底は深く反時計回りの水流があったことから名付けられたと。



他に…

・おなつの淵
・金根の瀬
・割れ岩
・桜岩

などなど。




さらに!山の中腹から眺められるよう簡単な駐車場と階段が整備されています。


階段を上ると木彫りの動物が愛らしく出迎え、木々の間から眺められます。




5.31 E.jpg


5.31 F.jpg


5.31 G.jpg


5.31 H.jpg



ただ、しかしexclamation×2


木々が生い茂りすぎて、朽木渓谷はやや楽しめません…

恐らく、紅葉真っ盛りのときはエエかな〜と、想像してました。


舟下りでもあったらいいね〜わーい(嬉しい顔)


未開拓な朽木渓谷でした。



ラベル:高島市 渓谷
posted by ひとし at 23:33| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エエとこ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月30日

猛烈な風が吹き荒れました台風

台風2号から変わった温帯低気圧の吹き戻しで昨夜から今朝にかけて風が非常に強く、道路標識は風を切る音を立てながら揺れていました。



その影響???



5.30 A.jpg



赤の歩行者信号機を支えなければならない電柱が“気持ち斜め”



向かって左側に建つ立派な近代的オフィスビルとの間は上へ向かうに従って縮まっています目




風の影響か?

お近づきになりたいか?

歩行者信号機の荷が重たいか?

ただ、疲れたのか?




行く末が心配な電柱でした手(グー)



ラベル:電柱
posted by ひとし at 20:46| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月29日

◇速報◇ 蛍 見〜つけたひらめき

そうそう手(パー) 速報です手(パー)手(パー)




『北白川疎水で一昨日、光り輝く蛍を一匹発見しましたひらめき





いよいよ。蛍が出る季節到来です。


夜、窓を開けると&外出しようとドアを開けると、この時期どくどくのほわぁ〜んとした匂い!


やや空気が重たく、やや湿り、そしてアスファルトの匂い。。。



この時期のみ薫る未明まで限定の香りです手(パー)





そして、花屋さんでは店頭に「アジサイ」が赤色、紫色、青色と色とりどりに並べられていました。


小さい夏見〜つけましたわーい(嬉しい顔)



ラベル:
posted by ひとし at 19:18| 京都 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月28日

伏見長州藩邸跡でマチガイ発見!!

5.28 A.jpg


伏見長州藩邸跡の石碑です。



NHK大河ドラマ・龍馬伝が終了しても、寺田屋がある伏見界隈は観光客で賑わっています。


その寺田屋がほど近い、南北に走る竹田街道沿いにひっそりと石碑が建てられています。


“1700年頃に建築され、幕末近くの1864年までこの地に藩邸があった〜”など石碑横の案内板が用意されています。



5.28 B.jpg



この案内板、小生は定食セットのように当然!読みます。



もちろん、歴史の真実を知りたい!から手(パー)




exclamation×2 しかしパンチパンチパンチ



おいっむかっ(怒り)




5.28 D.JPG



冒頭部。


長州藩の藩祖は毛利輝元でその父、元就は豊臣秀吉に仕えた名高い戦国武将。
その領地は中国地方の大半を占めていました。伏見城造営当初の藩邸は『豊公伏見ノ地図』や〜

手(パー)


もう一度…


おいっむかっ(怒り)むかっ(怒り)



冒頭部の一文。



毛利輝元は戦国最強武将の一人・毛利元就の“孫”exclamation


毛利家の家督は…
・毛利元就⇒・隆元⇒・輝元



そして、毛利元就は1571年に死去。

1569年に織田信長が上洛。
1573年に室町幕府滅亡。
1582年に本能寺の変。

その後、毛利輝元は豊臣秀吉に1583年以降に人質を差し出し臣従。




このように全くのでたらめふらふら


石碑の横の案内板の信頼度に関わる重要な問題です!!!!!!!!!



いやぁ〜ちょっと戦国時代のファンならすぐに間違いがわかる話し。

小学生でも歴史を習ったあとに指摘できるイージーミスです。





歴史の歪曲はあきまへん手(パー)

鵜呑みにするコトなく、常に疑問を持つ姿勢を大切にしなければと実感した案内板でした手(パー)



そのコト、本当ですか?



とねわーい(嬉しい顔)



ラベル:石碑 伏見 長州
posted by ひとし at 18:59| 京都 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月27日

「ありがとう」キャンペーン展開中わーい(嬉しい顔)

車内にて。


ご年輩の女性の方が乗車しようとするも、足が悪いのかなかなか乗れず苦戦されていました。

混雑している車内で扉近くの方が手を取り無事、乗車。

座席に着かれるまで、回りの方々が次々に協力する光景を見ました。


扉から遠くに乗っていた小生は心温かい車内の風景に心の中で拍手手(パー)


しかしながら小生は一つ疑問を感じていました。


ご年輩の女性の方は…


「ごめんね、ごめんね。」

「すみません。」


の、繰り返し。


いやいや手(パー)

年長者を労る、助け合いは当然の行為です。



やっぱりその行為には…


「ありがとう」


と、若輩者は年長者に対してあえて言いたい手(パー)



小生は勝手に「ごめんね」「すみません」を「ありがとう」に代えようキャンペーンを展開していますわーい(嬉しい顔)

何かしらの行為に関して謝意、感謝を伝えるのであれば「ありがとう」の言葉が適切だと想っています。

言われた側はどのように感じるでしょう。

「ごめんなさい」や「すみません」では謝っている、つまりは自分の悪い点を詫びている陳謝の意となってしまいます。
確かに日本の伝統として譲り合いや自らを下げる傾向があります。

いやいやグッド(上向き矢印)

言われる側としてやはり謝意の言葉「ありがとうわーい(嬉しい顔)」の言葉を伝えられるとなんとな〜く心温かく感じますよ〜


「ありがとう!」


笑顔でも、何気なく言っても、伝わる魔法の言葉グッド(上向き矢印)



あっ、どこかのCMみたいになってきた…




このキャンペーンを展開しても、長年の口癖と言うか染みついたモノはなかなか取り除けないモノふらふら
少し意識するだけでも変わってきます。

今日も小生のブログをご覧下さって、すみま・・、ありがとうわーい(嬉しい顔)です。



ラベル:言葉
posted by ひとし at 19:06| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想フコト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月26日

救国の究極は!?と想フ

この国は誰によって統治されているのでしょうか?

統治されず、個々の自治体、いや個々の組織によって国が成り立っているのでしょう。
上部組織、つまり政府などは…


あーでもない、
こーでもない、
言っていない、
伝わっていない、
伝えた、
責任は向こうだ、


子供の喧嘩より低レベルな状況が日々、テレビから発信されています。

小生は被災者ではないですが、仮に被災者であれば


「どつくぞ!」


と、言わんばかりの抗議を政府に対して行うでしょう。

今、検証すべきことなのか?
今、すべきことは何なのか?

くだらない足の引っ張り合い。
本当にこの国の統治システムをここまで疑うことはありません。



もう、どうしたら良いのでしょうか?


先日、ご紹介した福島第一原子力発電所の吉田所長が海水停止の判断を所長判断で続けていたと報道されました。
組織の人間が上部の指令に背き、所長判断で続けていた。

組織の統治では問題である行動ですが、恐らく確信を持って注入を続けられたことでしょう。

報道を鵜呑みにすれば、所長の判断は正しいかったようです。

真っ暗な状況で一筋の光明が与えられたような気分になりました。


この国を想う人は確実にいるんだ!



離党届を提出し内閣不信任に賛成する議員。
一人だけでは力にならないよ…
本当に倒閣を決意するならば、与党内で同じ想いを抱く同胞の輪を広げることが一番の近い道って、誰でも理解できることを出来ない無策な政治家。

倒閣を想うのであれば、テレビでエエ感じでPRする前にとっとと動けよ…

結局は保身と次期選挙へのPRだけしか考えていないと映っていますよ。



再び、統治できるのは誰だろう…

今、この危機に皇族宮家を首相とする内閣を救国内閣として創設するまで至っているのかと危惧します。


はぁ〜あ、期限付き王政復古かな…


posted by ひとし at 18:27| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

幻の技術!覆輪目地 〜京都文化博物館別館

5.25 A.jpg


京都文化博物館、別館です。


この美しい煉瓦建物は旧日本銀行京都支店として1906年(明治39年)に完成、現在は重要文化財に指定されています。



なぜ突如、京都文化博物館別館なのか…



そうexclamation


アレは昨年10月。


NHK総合テレビ、小生愛する番組「ブラタモリ」



第2シリーズの第2回放送では「丸の内をブラタモリ」


登場したのは修復中の東京駅新幹線


東京駅丸の内口にはかの有名な赤レンガ駅舎!


830万個の煉瓦で造られ、当時の熟練工の最高技術が惜しみなく投入されています。


一番の特徴が“目地”グッド(上向き矢印)


通常の目地は煉瓦と煉瓦との間は凹んでます。

コレと全く逆!



凸の目地で「覆輪目地」


断面ではかまぼこ型や半円状に見られ、建物全体には柔らかさを与えるそうですわーい(嬉しい顔)


覆輪目地の技術は継承がほぼされていないそうで、現代での制作は非常に困難だそうです。




この!幻の技術、覆輪目地パンチ



京都文化博物館別館で見られるんですわーい(嬉しい顔)



5.25 B.jpg



ホレっ手(パー)


煉瓦より目地の部分が膨らんでいるのがわかります。



これは東京駅と京都文化博物館別館の設計者が辰野金吾。



意外にも国の中心部で威信を懸けた東京駅と京都の中心部で同じ技術が見られるなんてexclamation×2


やっぱり京都は重要なトコや!ってご理解頂けたでしょうか〜わーい(嬉しい顔)




ちなみに京都文化博物館7月9日(土曜)にリニューアルオープンされます。

posted by ひとし at 21:57| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月24日

消えてる信号

今年は50年に一度のイベント、親鸞の750回御遠忌が東本願寺で執り行われています。

美術館親鸞に関する展示と関連イベントも含め、多くの参拝客が押し寄せていますイベント


東本願寺前には大きな旗?白、緑、黄、赤と鮮やかな色が風が吹くと舞い踊り、上人を称え祈る演出でしょう〜


そして、信者パワーが感じられるのは全国から集まる人への配慮。


目の前の烏丸通り、東本願寺付近は東へ歪曲して通り抜けていますが、もちろん門前には北へ抜ける2車線の道路も存在します。

その道路を封鎖して、大型バス専用の停車場へ一変ダッシュ(走り出すさま)

何台連ねて全国から来るんでしょう…



そんな道路で小生は想わず、見上げ「ニヤッわーい(嬉しい顔)」と、したコトが…



5.24 A.jpg



“消された信号機”発見ーーーーーーーーっグッド(上向き矢印)




通常では有り得ない状態。


停電でもなく、ごく当たり前に消されている状態は非常に珍しいグッド(上向き矢印)



例えば、時間帯により歩行者専用道路を横断する歩行者専用信号では消されるコトはあります。


しかしexclamation



丸々信号ワンセットが消されていることはあり得ません信号




まぁ〜こんだけ騒いでますが、ただ!それだけでするんるん


あぁ〜興奮したわーい(嬉しい顔)



ラベル:信号機
posted by ひとし at 20:31| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月21日

夕暮れは“夏”の夕暮れです。

5.21 A.jpg


二十四節気の一つ、小満です。



小満とは、草木が茂って天地に満ち始める意味だそうな。



我が家近くの大文字山を始め、東山の山々は新緑の緑色や黄緑色と緑の色彩豊かな、樹木の豊かさが感じられます。



しかし日中は今日も真夏のような日差し晴れ



我が部屋から夏の夕暮れのような空に…



もう、春から夏です。




今、NHKで「今年の夏は暑い予想」だそうな晴れ


そこで熱中症防止のため、今から“エエ汗の掻き方”を覚えなければいけないそうな手(パー)


それは「今から運動して汗を掻くことで、エエ汗の掻き方が出来る!」と、真面目な答え。。。


では、サウナで汗を掻くとかはどうなんでしょ???



当たり前過ぎて………


当たり前が難しいのかなーっと。。。。



今日も当たり前の風景を見て、何を感じるのか敏感にならないとわーい(嬉しい顔)



posted by ひとし at 19:16| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月20日

石田三成が繋がれた銀杏のご神木 〜和田神社

大津市膳所。旧東海道にあたる街並みに鎮座されています。



和田神社.jpg


 『和田神社』



本殿は鎌倉時代に造られた一間社流造の小さな社殿です。

屋根の正面に軒唐破風を付ける珍しい様式を採用しています。




なんな〜く、あえて道に迷って出会った和田神社。

車一台が通ることができる細い道です。


パッ!と鳥居が表れ、直感として惹かれたので参拝しました。


社殿よりもはるかに目を引くのが…



5.20 B.jpg



大きな銀杏の木クリスマス



和田神社のご神木です。



高さ24b。

周囲4.4b。

樹齢600年から650年。





生い茂る若葉を見る限り、650年もの長い年月を感じさせません!


想像するに江戸時代などは琵琶湖からご神木はハッキリ見え、目印になっていたことでしょうね目



この銀杏!一つ伝説があるんです手(パー)



案内板には…


「石田三成が関ヶ原の戦いの後、捕らわれて京へ護送される途中、休止の際に繋がれた樹であると伝わる。」




ほほぉ〜〜〜わーい(嬉しい顔)


またまた長い年月を越えて、歴史の舞台と小生が今、共有できる楽しみグッド(上向き矢印)発見です。


何気な〜い感じで素晴らしい発見、繋がりが実感できるなんてエエ日ですわーい(嬉しい顔)


いやぁ〜歴史の事実と立派に空に向かって立つご神木・銀杏の木を自分の手で触り、木の温もり、力をありがたく頂きました。


今一度、礼を行い歴史の舞台を後にしました。



エエ天気でエエ感じでぶらぶらしてると、もう日焼け晴れ


この日焼けはありがたい日焼けとして受け止めま〜す手(パー)



posted by ひとし at 19:18| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社・寺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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