

島原花街の風情を今に伝える『角屋』へ行ってきました

昭和60年まで御茶屋業として営業され現在は『角屋もてなしの文化美術館』として公開されています。
京都の花街と言えば祇園が上げられますが、江戸時代は東の吉原、西の島原として活況を呈していました。
明治維新以後衰微したものの、今日でも島原太夫がいらっしゃって活躍されています!
その趣を今に伝えようと路地が整備され建物が保存、当時の文化を肌で感じられます。
『角屋』は遊郭のお店でなく“揚屋”と言われるお店です。
揚屋は太夫や芸妓を抱えず、置屋さんから派遣してもらい、大きなお部屋で歌舞音曲を楽しむトコなのです。
大宴会場てなことです

で!“揚屋”の由来とは…
揚屋は料理を提供するお店です。なので、一階部分は調理場などが入り、お客様は二階部分で楽しみます。
つまり、お客さんが二階へ“上げる”、御料理を“揚げる”から“揚屋”と言われるようになったそうです。

ちなみに一階部分の調理場は展示品以外は写真撮影OKです。
角屋は当初からこれほどの規模ではなく、繁盛して南北を買収して現在の姿に落ち着きました。
それほど、当時は隆盛を極めていたのでしょう



中庭には紅葉がまだ残り、コケが生えた庭に落ち、水も滴り落ちる。
小生が惹かれるスタイルのお庭です

このお庭が眺められるのが、重要文化財に指定されている『網代の間』
28畳の大きな部屋。
圧巻です。。。
大の字になって寝っ転がろう…と、思いきや案内の人がイターーー…
さらに


急な階段を上がると、異空間に飛び込んだかのような宴会のお部屋が広がります。
・緞子の間
・翠簾の間
・扇の間
・草花の間
・馬の間
・青貝の間
・桧垣の間
一つの間は同一のデザインで統一されこだわりが垣間見えます。
さらに、それぞれの間は襖を隔てて印象が一気に変わります。
コレも一つの“粋”ですね

襖のデザイン、天井のデザイン、釘隠しのデザイン、額縁のデザイン等々全てが共通のデザインに統一される。
当時の技術の高さに感服です

このような素晴らしい場所で宴会が催されていたって、いつかは

な〜んてね

文化と贅沢を兼ね備えた憧れの場所が花街であり、角屋であったのでしょう

『角屋もてなしの文化美術館』
開館期間:3月15日から7月18日まで、9月15日から12月15日まで
開館時間:午前10時から午後4時まで(毎週月曜日は休館)
入場料:一般1,000円、中高校生800円、小学生500円
駐車場はなし!駐輪場は向かいにあります。